
この記事は【母】が書いております
中学生時代の不登校について【第2話】〜【第5話】まで要してしまいました。
私の11年間の不登校歴史の中で一番辛かったのが中学生の時であり、詳細を鮮明に思い出せるのも中学の時です。
辛い思い出が蘇って辛いのでは?
と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそんなことは全くなくて、「お陰さま」の気持ちが本当に強いですね。
楽しい思い出より辛い思い出の方が記憶に残る!
これは本当のこと。
その苦しみを乗り越えた自分がいて今があるわけですから、貴重で大切な経験になるのだと思います。
あなたも今苦しんでいる最中かもしれませんが、振り返った時に
「不登校のおかげで今の私がある」
と思えているの思うので、信じて乗り切ってくださいね。
この記事では、不登校の中学時代に学びとなったことをわかりやすくまとめていきたいと思います。
最悪と思える出来事があることにより道が開ける
息子は中学入学してから数日後に担任の先生との衝突により、登校ができなくなりました。
当時は、悔しい思いばかりが溢れていましたが、その出来事によって私は「通わない」選択をすることができ、別の道を探すことに意識を向けることができたのです。
これが今ではギフトです。
通えなくなったことで、さてどうするか?
私はここで、完全に思考の転換が起きたんですね。
要するに、
どうしたら通えるか?
ではなく、
学校に通わずとも、生きていくにはどうしたらいいのか?
というシフトができたのです。
登校への執着というのはなかなか捨てることはできません。
ですが、
完全にはではないけれどもその執着が剥がれてきて、
- カウンセリングドクターのところに相談に行くことになる
- カウンセリングドクターの紹介でカテキョーくんに出会うことになる
ということに繋がりました。
もし、1年次の担任の先生が違っていたら、このような展開にはなっていなかったでしょう。
カウンセリングドクターとカテキョーくんに出会うために必要な衝撃だったのです。
今では自信を持って言えるのですが、固定観念に強く縛られている人ほど、強い衝撃が必要なんですよね。
ガツン!!という衝撃でないと気付きが得られないくらい私は鈍感だったということです。
ですので、中学1年次の担任の先生の対応は、決して悪い出来事ではなくなりましたよ(汗)
この時得た教訓というのが、
最大の苦難と思える時ほど、出口はもうそこに用意されているのかもしれない
ということです。
「え?まだ続くの?底はここではないの?」
苦難に続く苦難で、あなたもこのように思っているかもしれません。
私は何度も思いました。
でもそれは、まだまだ潜在的に自分が耐えられる段階のキツさということ。
「もう、無理!」
という自分の中でのラインを超えるキツさを経験してやっと振りきれるものっと私は振り返っています。
凝り固まった価値観を壊してくれた3人の方の出会い
不登校に悩んでいた私の場合、
- 子どもは学校に行くべき
- 学校に行ってないことを人に話せない
- 学校に行かないと将来はない
という思いこみに完全に支配されていました。
「洗脳」されていたと言っても良いと思います。
実際、他の子ども達が学校に行っている時間に、息子を外に連れて出ることなんてことはできませんでしたし、
「学校に行っている時間にこの親子は何をしているの?」
と見られるのが嫌でした。
でも、本当にそんな目で人は見ていたのかなぁと今では思えますね。
意外と人は人に無関心で、そんな気にするほど関心はないもの。
みんな自分のことに一生懸命で、人のことにそんなに構っていられないと思います(笑)
それだけ自分の勝手な思い込みで自分でがんじがらめにしていたんですね。
学校に行かなければ、良い高校、良い大学にも入れない、結果、就職口はない!と決め切ってもいましたし、それまでそういう価値観でしか生きてこなかったので、その枠でしか考えることができなかったということです。
この私の固定化された価値観を壊してくれたのが、
- 中学2年の時の担任の先生のM先生であり、
- カウンセリングドクターであり、
- カテキョーくんであり
- 不登校でも差別なく接してくれる方々
でした。
中学2年次の担任M先生から教わったこと
M先生の「無理させないで」には、いろんな意味が込められていたと今なら考えられます。
当時の私は「無理に登校させない」という意味にしか捉えていませんでしたが、M先生の言いたかったことは、
もっと息子の気持ちを汲み取ってあげて!
ということも含まれていたと思っています。
私は、無理に登校をさせないことはしていたけれど、どこかでエゴがあったんですよね(汗)
潜在意識では「行って欲しい」と思っていて、息子のこともを理解していたつもりだったのです。
この思いでは息子は動きません。
100%本気の思いでないと伝わらないよ、ということをM先生は教えてくれました。
そして、100%相手を思う気持ちで接すれば相手の心も動くということもM先生は見せてくれました。
カウンセリングドクターから教わったこと
カウンセリングドクターから教わったことは、
- 人と違うから良いんだよ!
- 人と違うから大衆から抜け出す存在になれるんだよ!
ということですね。
カウンセリングドクターのキャラ、考え方はぶっ飛んでいました・・・
強い衝撃でないと気付けない私に、爆弾を落としてくれたと言っても良いでしょう。
それまでの私は、みんなと同じく学校に行き、みんなと同じように大学に行き、みんなと同じように就職する。そして、結婚して、マイホームを買って、家庭を支えていく・・・
このごくごく一般的な普通とされる生き方が安心する生き方でした。
私は、ここから外れるのが怖かった・・・
カウンセリングドクターは「学校はたい焼き製造機だ」と言ったんですよね。
この言葉は忘れません。
ドクターはたい焼き製造機=同じような人間を育てあげる教育ということを教えてくれた方です。
今では「その通り」と思えることも、当時の私にはハッとさせられる考えだったわけで、カウセリングドクターの物の見方に触れたことで、私の学校に対する見方が変わったのは事実です。
たい焼きからはみ出すことを良しとしないのが今の世の中ですよね?
偏見の目でも見る方も多い。
だから親は必死になって学校に戻そうとするし、戻って欲しいと願ってもしまう。
確かに、たい焼き機からはみ出した存在は特殊で少数派だから、将来の不安は本当に大きくなります。
ただ、人と違うところで勝負できるという視点を持てば有利に考えることもできるので、こうした視点をぜひ増やしていただきたいです。
私の場合、この考え方の転換が本当に大きかったですね。
これ以降、他の人と違うことを私は面白いと思えるようになりましたし、何よりも、私自身が苦痛を感じながら人と合わせることをじはやめよう!と思えるようになりました。
カテキョーくんから教わったこと
カテキョーくんは、学ぶことの楽しさを教えてくれましたね。
息子の変な疑問をカテキョーくん自身が「そうだよね」と興味を持ってくれたことが嬉しかったです。
宇宙人的な息子の視点は、地球人であるカテキョーくんにはなかった視点だと思うんですよ。
私がそうだったのですが、一瞬言葉を無くした後に、
「なるほど〜」
と視点が増える喜びを得ることができるんですね。
カテキョーくんも似たような感覚になっていたと思います(笑)
これが学びが面白くなる魔法です。
カテキョーくんも視点が増えて楽しいし、息子も疑問が解消することで勉強が面白くなる。
こうした良い循環が起きたように思います。
2人の勉強法は完全にオリジナル。
勉強の方法なんて、カリキュラム通りでなくても良いんですね。
カテキョーくんは全体性を捉えた上で、陣取り合戦をするような感じで、一つ一つ埋めていってくれました。
どうしても私たちは、順番通りに丁寧にきれいにこなそうとします。
教科書も最初から読もうとするし、問題集も最初のページから取り掛かったりしていませんか?
カテキョーくんの「結果として、全部終わればOK!」という切り替えは、頭の硬い私にはできなかったでしょうね。
カテキョーくんからもこうした見方の転換を学びましたよ。
型通りのスタイルに固執していたら、息子の学習意欲は閉じられたままだったろうし、今も勉強していないでしょう(汗)
スタイルにこだわらない。
全体性を見通す大切さを私は学びました。
不登校でも差別なく接してくれる人たち
これはホント面白いですよ。
学歴にこだわりを持つというか、高校、大学に優劣をつけたがる人達は、私から見事に離れていきご縁がなくなりました(笑)
高学歴の子供を持つ友人もいるにはいますが、
ただ、その友人達は「子供達が勝手に勉強した(笑)」と言うし、鼻にかけることもしないし、そもそも学校で人を判断するというのが一切ないんですよね。
息子が不登校でも接してくれているのは、学力ではなく、息子という人柄を見てくれているからに他なりません。
ちなみに、幼稚園から一緒のAくん親子はその典型ですね。
Aくん親子は息子が不登校だろうと一切気にしていないというのがこちらにも伝わってくるのです。
ですから、今でも昔と変わらない付き合いができているんでしょうね。
不登校になることで、ある意味、人間関係はとてもわかりやすくなるようなところがあるように思います。
離れていく人は、学校、学歴を通した「ラベル」で見ているところがある。
変わらず付き合ってくれるのは、人として好きだから!という点で見てくれているところがある。
必ずしもそうだとは言いませんが、学校で知り合ったママ友とかはかなり顕著なように思います。
不登校でも仲良くしてくれている友人というのは、あなたにとっても大切な友人となっているのではないでしょうか?
結局言いたいことは・・・
結局、私が言いたいことは、
辛いと思える出来事ほど、良い経験となって活きている
ということです。
私に起きた変化は、
- 考え方、価値観、人生観が変わった
- 大切にするものが変わった
- 相手の気持ちを考えるようになった
- 言葉には現れない相手の気を感じようとするようになった
といったものがあります。
息子の不登校がなかったら「自己中心」で生きていた人生と思えるので、不登校という出来事を通し私に教えてくれた息子に本当に感謝しています。
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